新撰組メンバー別観光スポット・ゆかりの地

近藤勇ゆかりの地・観光スポット一覧|東京から日帰り

更新日:

近藤勇ゆかりの地

新選組の近藤勇ゆかりの観光スポットを、東京から日帰りで行ける範囲でまとめました。

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日野・立川エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

日野宿本陣


佐藤彦五郎が江戸試衛館から出稽古を呼び、近藤勇がよく出稽古に来ていました。
近藤勇・土方歳三出会いの地。


休館日

毎週月曜日(祝日にあたる日はその翌平日)、年末年始(12月29日~1月3日)

開館時間

9時30分~17時00分(入館は16時30分まで)

住所

日野市日野本町2-15-9

アクセス

JR中央線日野駅から徒歩10分

公式サイト

日野宿本陣

日野宿交流館


新撰組グッズのお土産がある売店や、局中法度の描かれた自販機、休憩所があり、観光案内所も兼ねてます。
二階に新撰組や近藤勇についての展示も。


休館日

毎週月曜日(祝日にあたる日はその翌平日)、年末年始(12月29日~1月3日)

開館時間

9時00分~17時00分

住所

東京都日野市日野本町7丁目5番地6

アクセス

JR中央線日野駅から徒歩10分

公式サイト

日野宿交流館

日野八坂神社|御朱印あり


天然理心流の扁額が奉納されていて、近藤勇の旧名・嶋崎勇の名があります。
扁額公開は5月新選組まつりの日曜と9月例大祭の日曜の年2日。


住所

日野市日野本町3-14-12

アクセス

JR中央線日野駅から徒歩2分

御朱印

だんだら模様のご朱印と御朱印帳あり

扁額公開

5月新選組まつりの日曜と9月第三日曜の例大祭当日10:00~16:00

関連サイト

日野市観光協会八坂神社

日野市ふるさと歴史館


近藤勇の借金申し込みの手紙(総司を向かわせると書いてある)や、佐藤彦五郎の日記(近藤勇が京から隊士募集に来た・近藤家に行った・鳥羽伏見の戦いの話を聞いたなど)があります。


休館日

毎週月曜日、年末年始

開館時間

9:30~17:00(入館は16:30まで)

住所

東京都日野市神明4-16-1

アクセス

JR中央線日野駅から徒歩15分
または日野駅か高幡不動駅から京王バス
「02」系統、日野七小入口下車徒歩5分

公式サイト

新選組のふるさと歴史館

佐藤彦五郎資料館|御朱印あり


近藤勇の書いた書(掛軸)、近藤勇からもらった銃(試衛館時代から近藤勇が銃も使っていたという貴重な資料)、近藤勇からの手紙(京都から。局内スパイを殺した話などが書いてあります)、近藤勇からもらった書などが展示してあります。


開館日

原則、第1・3日曜日

開館時間

11:00〜16:00

住所

日野市日野本町2丁目15-5

アクセス

JR中央線日野駅から徒歩8分

御朱印

あり

公式サイト

佐藤彦五郎新選組資料館

井上源三郎資料館


井上源三郎の兄・松五郎の手紙が展示されており、京都時代に近藤勇が天狗になり(=芹沢鴨がいた時代のもので、水戸天狗党に染まりそうになったという解釈も)、永倉新八など試衛館組からその相談を受けたという内容が書かれています。
また、井上源三郎の兄に近藤勇が贈った刀「大和守源秀國」があります。


開館日

第1・第3日曜日

開館時間

12:00~16:00

住所

日野市日野本町4丁目1−12

アクセス

JR中央線日野駅から徒歩5分

公式サイト

井上源三郎資料館

土方歳三資料館


近藤勇の似顔絵や、近藤勇の首が晒された瓦版の写しが展示されています。
瓦版は、近藤勇が情けない表情で描かれた元のものを、りりしく書き換えて書写したもので、土方家の人々の近藤勇への親しみや悲しみを伺えます。


開館日

第1・第3日曜
(4~5月特別開館あり)

開館時間

12〜16時
(4~5月は11~16時)

住所

東京都日野市石田2丁目1−3

アクセス

多摩モノレール万願寺駅から徒歩3分

公式サイト

土方歳三資料館

高幡不動尊|御朱印あり


「殉節両雄之碑」で、土方歳三とともに追悼されています。
また、大日堂(拝観料200円)の鳴り龍の奥に、近藤勇の位牌があります(土方歳三・井上源三郎・沖田総司の位牌もあり)。


住所

日野市高幡733

アクセス

京王線高幡不動駅から徒歩3分
多摩モノレール線高幡不動駅から徒歩5分

御朱印

あり

公式サイト

高幡不動尊金剛寺

日野渡船場跡(日野側・立川側)|案内板のみ


近藤勇が試衛館から甲州街道を通って日野に出稽古に来る時、使っていた渡し場。
日野側は新選組には触れていない案内板、立川側は船の形の碑だけです。

多摩モノレールの柴崎体育館から甲州街道の間に通る橋の、高幡不動方面行なら左手、立川方面行なら右手になります。
モノレールから「ここを渡ったのかー」と眺めるのもいいですね。


住所(日野側)

日野市日野1241-10付近

アクセス(日野側)

多摩モノレール線甲州街道駅から徒歩9分

住所(立川側)

立川市柴崎町5-20

アクセス(立川側)

多摩モノレール線柴崎体育館駅から徒歩5分

関連サイト

日野の渡し

日野宿ちばい


近藤勇ゆかりの「血梅」があるそば屋さん。佐藤彦五郎資料館の近く。
近藤勇が気に入って挿し木をわけてもらう約束をしたのに果たせなかった「血梅」を、郷土史研究家の先代ご主人が挿し木で分けてもらって庭に植えてあります。

休業日

月曜定休

営業時間

11:30~14:00 土日は15:00まで

住所

東京都日野市日野本町2-16-26

アクセス

JR中央線日野駅から徒歩6分

関連サイト

食べログ・日野宿ちばい

新選組グッズ池田屋


高幡不動尊門前。近藤勇グッズもたくさんあります。

営業日

木~日曜

営業時間

11時~17時

住所

東京都日野市高幡1-8 3F

アクセス

京王線高幡不動駅から徒歩3分
多摩モノレール線高幡不動駅から徒歩5分

関連サイト

新選組グッズ池田屋

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調布・三鷹エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

近藤勇生家跡・近藤神社・發雲館


近藤勇の生家跡。生家は調布飛行場拡張工事の際に取り壊されましたが、生家敷地内にあった産湯の井戸は残っています。
また、のちに産湯の井戸のそばに近藤勇を祀った近藤神社が建てられました。
母屋は産湯の井戸を挟んで近藤神社の反対側、今は住宅街になっている方にありました。

向かいには發雲館があります。近藤勇の甥で養子・勇五郎が近藤勇生家の向かいに開いた、天然理心流の道場跡です。
個人の住宅敷地の一部なので、外観だけ静かに歩道から見ましょう。


住所

調布市野水1-6-8

アクセス

三鷹駅から鷹52系統「榊原記念病院行き」または「朝日町三丁目行き」「車返団地行き」バス乗車、「野川公園入口」バス停下車で徒歩1分

関連サイト

調布市公式サイト「近藤勇の史跡と野川公園」

龍源寺|御朱印あり


近藤勇の墓と銅像・案内板がある、生家近くの寺。
妻・つねや、甥で養子の勇五郎の墓もあります。
従兄弟にあたる新選組隊士・宮川信吉の墓もあります。


住所

三鷹市大沢6-3-11

アクセス

三鷹駅から鷹52系統「榊原記念病院行き」または「朝日町三丁目行き」「車返団地行き」バス乗車、竜源寺バス停下車で徒歩1分

御朱印

あり

関連サイト

みたか都市観光協会のサイト

相曽浦橋(あいそうらばし)|何もなし


板橋で処刑されて一度埋められた近藤勇の体を、宮川音五郎・勇五郎たちがここまで運びました。
その時、親族や親しい人がこの橋の上で出迎えたと伝わります。
近代的になった橋しかなく、案内板などは何もありません。
近藤勇が幼い頃から遊んだと伝わる生家近くの川にかかる橋です。


住所

三鷹市大沢2丁目17

アクセス

三鷹駅から鷹52系統「榊原記念病院行き」または「朝日町三丁目行き」「車返団地行き」乗車→「竜源寺」バス停下車徒歩1分

西光寺|御朱印あり


鳥羽伏見の敗戦後、近藤勇が甲陽鎮撫隊を率いて甲州勝沼の戦いに向かう途中、境内で休憩しました。
向かいにあった庄屋宅で歓待を受けています。


住所

調布市上石原1-28-3

アクセス

京王線西調布駅から徒歩4分

関連サイト

調布市観光協会「西光寺」

上石原若宮八幡神社


近藤勇の生家の氏神。甲陽鎮撫隊を率いて甲州に向かう途中、駕籠から降りてこの神社を拝んで戦勝祈願しています。


住所

調布市下石原3-5-1

アクセス

京王線西調布駅から徒歩7分

関連サイト

調布市公式サイト「上石原(かみいしわら)若宮八幡神社本殿」

調布市郷土博物館


西光寺にある近藤勇の銅像の原型が展示してあり、スタンプもあります。
近藤勇生家の模型もあり、それを図示した印刷物ももらえます。


定休日

月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始

開館時間

9:00~16:00

住所

調布市小島町3-26-2

アクセス

京王線京王多摩川駅から徒歩6分

公式サイト

調布市郷土博物館

布田天神社|御朱印あり


近藤勇の孫・久太郎(日露戦争で戦死)の名が載っている、日露戦争の碑が境内右手にあります。


住所

調布市調布ケ丘1-8-1

アクセス

京王線西調布駅から徒歩7分

関連サイト

調布市観光協会公式サイト「布多天神社」

上布田宿|説明版のみ


近藤勇が病気になり、漢方医の投薬でよくならなかった時、この上布田宿に蘭方医・伊東玄朴が来ていて、彼の診察で快方に向かったという案内板があります。駐車場の前。
町田に出稽古に向かう時に通っていた宿場町の跡でもあります。


住所

調布市布田1-29-1

アクセス

京王線調布駅から徒歩2分

天然理心流原田(谷戸)道場跡|説明版のみ


近藤勇が通っていた道場の跡。マンションの下に案内板だけあります。


住所

調布市国領町1-30

アクセス

京王線布田駅から徒歩5分

深大寺元三大師堂|御朱印あり


近藤勇の甥で養子・勇五郎が、明治40年に奉納した天然理心流の扁額があります。
元三大師堂内にあり、御祈祷が混んでいない時期なら見られるようです。
正月付近や七五三時期は避けた方が無難です。


寺務所対応時間

9:00~17:00

住所

調布市深大寺元町5-15-1

アクセス

京王線調布駅中央口14番バス乗り場から「調34深大寺行き」深大寺バス停下車徒歩5分、「吉14吉祥寺駅行き」「調35杏林大学病院入口行」バス乗車、深大寺小学校下車徒歩5分
京王線調布駅中央口13番バス乗り場から「吉06吉祥寺駅行」、「鷹56三鷹駅行」乗車、「深大寺入り口」バス停下車徒歩8分

公式サイト

深大寺元三大師堂

カフェだんだら


新選組のテーマカフェ。近藤勇のグッズなども多く展示されています。
近藤勇生家あたりを見た後、三鷹駅方向にバスで移動して休むのにぴったり。
「誠和っふる」「誠パフェ」土曜限定「だんだランチ」などあり。

定休日

水曜

営業時間

10:00~20:00

住所

三鷹市下連雀2-23-9

アクセス

JR三鷹駅南口より徒歩14分
JR三鷹駅南口よりバス
鷹64(京王バス) のりば1
鷹54【南浦】(小田急バス) のりば7
停留所「仲町通り」下車徒歩1分

公式サイト

カフェだんだら

公式Twitter

カフェだんだら

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八王子市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

多賀神社|御朱印あり


甲陽鎮撫隊が甲州勝沼の戦いで敗戦し、敗走してきて、多賀神社境内で解散しました。
新撰組解散の地として知られています。

住所

八王子市元本郷町4-9-21

アクセス

JR西八王子駅から徒歩13分
またはJR八王子駅北口から陣01系統「室生寺団地行」バス乗車、「水無瀬橋バス停」下車徒歩3分
JR八王子駅から市11系統「松枝住宅行」乗車、「市役所入口元本郷公園東バス停」下車徒歩4分

公式サイト

多賀神社

桂福寺|御朱印あり


理心流開祖の近藤内蔵助の墓や、天然理心流二代目(勇の先先代)の近藤三助の墓、松崎和多五郎の碑ほか。
三助の墓は、新選組の身内と知れて罰されることを恐れて、当時砕かれて地中に隠されました。復元されましたが跡があります。

住所

八王子市戸吹町193

アクセス

JR・京王八王子駅から「ひ08系統バス」戸吹スポーツ公園行乗車、「戸吹」バス停下車徒歩2分

関連サイト

桂福寺

大和田の渡し跡(大和田橋)


近藤勇が甲陽鎮撫隊で敗走して八王子に向かう途中、少年に襲撃された地。少年の兄が天狗党で江戸で幕吏に殺されたのを恨んでの犯行で、傷を負わせられることはなく追い払いました。

住所

東京都八王子市大和田町6-1

アクセス

京王八王子駅から徒歩6分

興岳寺|御朱印あり


近藤勇が気に入って分けてもらう約束をしたが果たせなかった「血梅」の挿し木苗木が、約束の相手・八王子千人同心頭の石坂弥次右衛門の墓に植えられています。
この血梅の元の木が日野宿「ちばい」にあります。

住所

八王子市千人町1-2-8

アクセス

JR西八王子駅から徒歩7分
JR・京王八王子駅から「八04系統」バス館ケ丘団地行乗車、「千人町1丁目」バス停下車徒歩1分

公式サイト

興岳寺

小仏関所跡|碑と説明板、手形石のみ


近藤勇率いる甲陽鎮撫隊が、この関所を通って甲府へ行き、敗走して八王子に戻る時にも通りました。
暗い道なので、女性は明るい時間帯に。

住所

東京都八王子市裏高尾町419

アクセス

JR高尾駅北口から「高尾01系統」バス小仏行乗車、「駒木野」バス停下車徒歩1分

関連サイト

小仏関所跡

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町田市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

小島資料館


近藤勇が、土方歳三や沖田総司らと出稽古に来た時訪れていた小島鹿之助の屋敷
貴重な資料のほか、有名な、妻のツネが刺繍したドクロの稽古着が展示され、ドクロTシャツも販売されています。

開館日

第1・3日曜
1~2月休館

開館時間

13時~17時

住所

町田市小野路950

アクセス

小田急線鶴川駅から町36系統バス「町田バスセンター行」乗車12駅14分、小野神社前下車徒歩2分
京王多摩センター駅から鶴32系統バス「鶴川駅行」乗車、10駅11分、中宿バス停下車徒歩1分

公式サイト

小島資料館公式サイト

関谷の切通


近藤勇らが町田に出稽古に来る時に通った道。
うっそうとした暗い道なので、女性は明るい時間帯に。

住所

東京都町田市小野路町4195

アクセス

京王/小田急多摩センター駅から「鶴32系統」バス鶴川駅行乗車、「小野路」バス停下車徒歩5分
小田急線鶴川駅から「多04系統」バス多摩センター駅行乗車、「別所」バス停下車徒歩12分

小野神社|御朱印あり


近藤勇たちが、町田に出稽古に来た時よく参拝していたという伝承があります。
御朱印は、神職さんが兼務している菅原神社(町田市本町田802)でいただけます。

住所

町田市小野路町885

アクセス

京王多摩センター駅から「鶴32系統」鶴川駅行バス乗車、「小野神社前」バス停下車徒歩2分
小田原線鶴川駅から「鶴32系統」多摩センター駅行バス乗車、「小野神社前」バス停下車徒歩2分

公式サイト

町田市観光協会「小野神社」

橋本家跡|張り紙のみ


橋本道助(土方歳三の親戚)が住んでいて、中庭が剣術の出稽古場でした。
ここで花見をしながら、近藤勇が歌を詠んだと伝えられます。

現在は「ホワイトピア」というアパートになっていますが、板塀に「大山街道小野路宿中宿橋本」という貼り紙があります。

住所

東京都町田市小野路町ホワイトピア中宿付近

アクセス

京王/小田急多摩センター駅から「鶴32系統」バス鶴川駅行乗車、「中宿」バス停下車徒歩1分

府中市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

大国魂神社|御朱印あり


近藤勇が拝殿前で、襲名披露の型試合を土方歳三と行いました。
額も奉納していましたが、江戸城無血開城前、新選組幹部の名が載る扁額があると攻めてくる官軍側に社を焼かれるのではという懸念があり、隠せる大きさではなかったため燃やされたといいます。
日野の八坂神社の扁額は、これより小さかったので隠すことができ、今も残されています。

住所

東京都府中市宮町3丁目1番地

アクセス

京王線府中駅から徒歩7分

公式サイト

大國魂神社

日吉神社北の天神社


近藤勇の襲名披露の野試合は、大国魂神社近くの野原で行われました。
その野原の場所が、日吉神社の北、天神社のあたりと伝わっています。
大国魂神社の境外末社(境内の外にあるが大国魂神社が管理している神社)です。

住所

東京都府中市宮町3-21-1

アクセス

京王線府中駅から徒歩8分
JR府中本町駅から徒歩10分

公式サイト

天神社

ホテル松本屋1725(旧・松本屋)


大国魂神社の向かいにあった旅籠。扁額を奉納した時、近藤勇や周斎がここでお金の勘定をしました。
今は近代的なホテルになっています。

住所

東京都府中市宮西町2-4-1

アクセス

京王線府中駅から徒歩4分

公式サイト

HOTEL松本屋1725(楽天トラベル)
HOTEL松本屋1725(じゃらん)

旧松本楼跡(柏屋隣の駐車場)|何もなし


襲名披露の後、宴会を開いた楼で、旅籠の松本屋とは別の、女性のいるお店でした。
ここで一門が羽目を外したことで、後で小島鹿之助に注意されています。
現在は「柏屋」の隣の「パークジャパン府中宮町第1」という駐車場になっていて、案内板も何もありません。
大國魂神社やホテル松本屋に近いエリアなので、通りすがりに見られるかと思います。

住所

東京都府中市宮町2丁目2

アクセス

京王線府中駅から徒歩3分

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国立市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

本田家住宅|外観のみ


近藤勇と土方歳三がたびたび訪れたり泊まったりしていた、土方歳三の親戚筋の家。
医者・書家で、大国魂神社に奉納した13畳ある巨大額を、ここの当主の本田覚庵が書きました。
普段は非公開ですが、文化財ウィークなどで薬医門や庭が公開されることがあります。

住所

東京都国立市谷保5122

アクセス

南武線谷保駅から徒歩5分

関連サイト

国立市文化財「本田家住宅主屋・薬医門」

多摩市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

旧富澤家住宅|多摩中央公園内


連光寺にあった冨澤家を移築したもの。連光寺に道場があり、近藤勇たちが出稽古に来てよく立ち寄っていた建物です。

住所

東京都多摩市落合2-35 市立多摩中央公園内

アクセス

京王多摩センター駅から徒歩13分

関連サイト

多摩市公式サイト「旧富澤家」

旧冨澤家跡|明治天皇御野立所跡の碑のみ


移築前の富澤家住宅があった場所。道場があり近藤たちが出稽古に来ていました。建物は多摩中央公園に移築されています。

住所

東京都多摩市連光寺5-1-4

アクセス

京王永山駅から「桜06(京王南)系統」バス聖蹟桜ヶ丘駅行乗車、「記念館前」バス停下車徒歩1分

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北区・板橋区の近藤勇ゆかりの観光スポット

近藤勇墓所と新選組隊士慰霊碑


近藤勇が板橋で斬首後、一度胴体が埋葬された場所(首は京で晒されました)。当時の墓石が残っています。
明治になってから生き延びた永倉新八が、近藤勇・土方歳三ほか新選組隊士の墓・供養塔を作り、のちに自分もその敷地に分骨されています。
近藤勇の胴体については、「三鷹の龍源寺に運ばれた説」と、夜通し見張りをしていて持ち出すのは難しいので、三鷹に運ばれたのは別人で、「ここにずっと埋葬されている説」があります。
両方から首のない遺骨が出土しています。


住所

東京都北区滝野川7丁目8−10

アクセス

JR板橋駅から徒歩3分
都営三田線新板橋駅から徒歩6分

関連サイト

「近藤勇と新選組隊士供養塔」北区飛鳥山博物館

近藤勇最期の地


近藤勇最期の地は、近藤勇墓所の斜め向かいあたりの区画にあった馬捨て場と言われています。
現在は碑も目印もないただの街中です。


住所

東京都北区滝野川7丁目2付近

アクセス

JR板橋駅から徒歩1分
都営三田線新板橋駅から徒歩6分

寿徳寺|御朱印あり


近藤勇の菩提寺の一つで、処刑後から豊田家などとひそかに近藤勇の弔いをしていました。

板橋駅前の近藤勇の墓所や供養塔を「境外墓地」として管理し、命日前の日曜に板橋駅前で法要を行っています。
山門前に、板橋駅前にあるのと同じ近藤勇の絵姿の石碑があります。


住所

東京都北区滝野川4-22-2

アクセス

都営三田線新板橋駅から徒歩11分
JR板橋駅から徒歩13分

公式サイト

寿徳寺公式サイト

板橋宿本陣跡|碑のみ


大久保大和と名乗った近藤勇が連れて来られ、元新選組の加納鷲雄(道之助)・清原清(武川直枝)に会って近藤勇と判明して、捕縛された場所です。


住所

板橋区仲宿47-10

アクセス

都営三田線板橋区役所前駅から徒歩6分

関連サイト

板橋宿本陣跡(板橋区観光協会)

平尾脇本陣豊田家|碑のみ


近藤勇が捕まった後の幽閉地。豊田家の孫娘・とみが近藤の娘・タマと同じ年で、可愛がったという逸話があります。
見張りと処刑人を務めた武術指南役も、近藤勇の銃創を労わるなど、囚われながらも交流があったという逸話が残っています。


住所

板橋区板橋3-15

アクセス

都営三田線板橋区役所前駅から徒歩5分

関連サイト

平尾宿脇本陣跡(板橋区観光協会ぶらり板橋)

しゃとう


近藤勇・永倉新八墓地のすぐ近くの、昔ながらの喫茶店。「イサミあんみつ」があります。

定休日

無休

営業時間

10~22時

住所

東京都北区滝野川7-9-7

アクセス

JR板橋駅から徒歩3分
都営三田線新板橋駅から徒歩6分

関連サイト

「しゃとう」(食べログ)

JR板橋駅(駅スタンプ)


「駅舎と近藤勇の墓」と書かれた、近藤勇の墓をデザインした駅スタンプがあります。

都営線新板橋駅(駅スタンプ)


近藤勇墓所にある、近藤勇の銅像をデザインした駅スタンプがあります。

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千代田区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

江戸城西の丸(皇居)|参観は手続きが必要


文久三年に本丸が焼けた後、西の丸(現在の皇居敷地内)が将軍の住まいになりました。
慶応4年1月19日、鳥羽伏見戦争敗戦後、江戸に戻った近藤勇と土方歳三が江戸城で徳川慶喜に拝謁しています。
江戸城西の丸は無血開城で新政府軍に明け渡され、明治天皇がお入りになりましたが、火事で焼けて当時の建物は残っていません。

現在西の丸跡地は、国賓をもてなす宮殿や宮内庁などがあり、皇居参観の手続きを取れば宮内庁玄関前など一部見学できます。
皇居の参観については宮内庁の公式サイトに要綱があります。

住所

東京都千代田区1-1

アクセス

桔梗門前まで
メトロ千代田線大手町駅から徒歩9分

参観案内

宮内庁参観案内(皇居)

会津藩江戸上屋敷跡(和田倉噴水公園)|何もなし


会津藩上屋敷跡は、現在の和田倉噴水公園あたりにありました。
近藤勇は元治元年9月には永倉新八や武田観柳斎と、慶応4年1月18日には土方歳三とともに会津藩邸を訪れています。
和田倉噴水公園は、自由に入園できます。

住所

東京都千代田区皇居外苑3-1

アクセス

メトロ東西線大手町駅から徒歩7分

公式サイト

和田倉噴水公園

秋月種樹邸跡(新選組江戸屯所)|何もなし


鳥羽伏見の敗戦後、新選組が江戸で一月ほど屯所にした、幕府若年寄の秋月種樹(あきづきたねたつ)の屋敷跡です。
特にエピソードは残っていませんが、近藤勇もいたと思われます。
ここを本拠に、寛永寺で謹慎する徳川慶喜の警護に交代で行っていました。
現在の東京三菱銀行本店の、入口のある南側にあたります。
案内板も何もありません。

住所

東京都千代田区丸の内2-7-1

アクセス

JR東京駅から徒歩2分

港区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

勝海舟邸跡|標柱・案内板のみ


流山で近藤勇が出頭した翌日、土方歳三が近藤勇の助命工作のために訪れた場所です。
また、その前年、勝海舟の甥で佐久間象山の遺児・三浦敬之助(佐久間格次郎)を新選組に引き受けたことで、勝海舟がこの屋敷から礼金を近藤勇と土方歳三に贈っています。


住所

東京都港区赤坂6-10-41

アクセス

千代田線赤坂駅から徒歩6分
銀座線溜池山王駅から徒歩11分

新宿区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

試衛館跡・試衛館稲荷|標柱・稲荷神社のみ


近藤勇が道場主をしていた試衛館の跡。今は標柱と稲荷神社だけです。
稲荷神社は老朽化で立ち入り禁止ですが、元旦だけ初詣が企画される年もあるので、主催されている歴史企画研究さんのTwitterで情報チェック。


住所

東京都新宿区市谷柳町25

アクセス

大江戸線牛込柳町駅から徒歩3分

関連サイト


日野市観光協会「試衛館」

都営線牛込柳町駅(駅スタンプ)


近藤勇と試衛館跡の標柱をデザインした駅スタンプがあります。

四谷大木戸跡|案内板のみ


試衛館から多摩に出稽古に行く時に通っていた関所。
鳥羽伏見の敗戦後、甲陽鎮撫隊となって出陣する時にも通っています。


住所

東京都新宿区四谷4-9-12

アクセス

丸の内線四谷3丁目駅から徒歩10分

文京区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

伝通院(処静院跡)|御朱印あり


新選組の前身、浪士隊が結成された処静院(現在は廃寺)は、伝通院に所属する境内の小さな寺でした。
当時は現在より境内が広く、処静院は門前から左に行った区画にありました。
門前に処静院にあった碑、さらに左に言った墓場の塀沿いに処静院の案内板があります。


住所

東京都文京区小石川3丁目14-6

アクセス

メトロ南北線・丸の内線後楽園駅から徒歩10分

公式サイト

伝通院公式サイト

新福寺


元治元年、隊士募集に江戸に帰った近藤勇が、一時滞在したお寺です。
同行者は永倉新八、武田観柳斎、尾形俊太郎たちでした。
その後慶応3年に土方歳三と井上源三郎が隊士募集に江戸に帰った時も、やはり新福寺を使ったと推定されています。
土方歳三が京に戻った後、病気の新福寺住職からの伝言で書いたと思われる近藤勇の手紙が、宛先だった東本願寺に残っています。


住所

東京都文京区白山3-1-23

アクセス

丸の内線茗荷谷駅から徒歩12分
三田線白山駅から徒歩12分

山岡鉄舟・高橋泥舟旧居跡(近藤勇が訪問)|案内板


浪士組取締役の山岡鉄舟と、浪士組取締役で後に遊撃隊頭取になる高橋泥舟が隣り合って住んでいた場所です。
近藤勇が文久3年1月19日、呼び出されて山岡鉄舟の自宅に行っています。
既に浪士組に参加表明していたので、その関連の用と思われます。
廻状(回覧文書)という言葉から、他にも呼び出された浪士がいたようです。

現在は案内板が立っており、山岡鉄舟についての説明で「近藤勇らが参加し結成された浪士隊の取締役を幕府から命ぜられ」との説明があります。
実際の山岡鉄舟の屋敷は、案内板がある播磨坂の緑地帯から、道路上(当時はこの道路はなし)を経て小石川5丁目1にかかる付近と思われます。
さらにその西隣(鉄舟の屋敷を挟んで播磨坂の反対側)に、高橋泥舟が住んでいました。

住所

文京区小石川4-22(案内板)~小石川5-1

アクセス

丸の内線茗荷谷駅から徒歩8分

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港区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

勝海舟邸跡|説明板のみ


流山で捕まった近藤勇の助命活動のために土方歳三が訪れた場所
それより前の慶応2年には、勝海舟がここにあった屋敷から、近藤勇と土方歳三に、佐久間象山(勝海舟の西洋砲術の師匠にあたる)の遺児を預かった礼金を贈っています。

住所

東京都港区赤坂6-10-41

アクセス

千代田線赤坂駅から徒歩6分
銀座線溜池山王駅から徒歩11分

金地院|御朱印あり


近藤勇が建てた近藤周斎の墓があります。近藤勇の養父で三代目天然理心流宗主。
市ヶ谷に試衛館道場を開いて勇を養子にした人で、彼あっての試衛館でした。
近藤勇は甲陽鎮撫隊に出陣する前に墓参に来ています。


住所

東京都港区芝公園3-5-4

アクセス

日比谷線神谷町駅から徒歩9分
三田線御成門駅から徒歩10分
大江戸線赤羽橋駅から徒歩10分

台東区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

西洋医学所跡|何もなし


永倉新八・原田左之助との別れの場所。
甲陽鎮撫隊が敗走した後、肩に負傷していた近藤勇がここで治療を受けました。
そこに、隊士をまとめていた永倉新八・原田左之助が来て会津に向かうよう説得しましたが、折り合わず新選組を脱退します。
今は案内板も何もありませんが、その北の交差点に、医学所の前身・種痘所の案内板があります。

住所

東京都台東区台東1-30

アクセス

JR/日比谷線秋葉原駅から徒歩8分

寛永寺(大慈院跡)|御朱印あり


鳥羽伏見の戦い後、朝廷に恭順の姿勢を見せた徳川慶喜が謹慎していて、新選組も警備に当たっていました。

住所

東京都台東区上野桜木1-14-11

アクセス

JR鶯谷駅から徒歩10分

公式サイト


寛永寺

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品川区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

中野区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

成願寺|御朱印あり


中野坂上の寺で、近藤勇が甲陽鎮撫隊を率いて甲州へ向かった後、妻子がこの寺に住んでいました。
また、板橋での近藤勇の処刑後、埋められた胴体を甥で婿養子の勇五郎たちが生家近くの龍源寺まで運びました。
その時休憩のため、近藤勇の妻子がいる成願寺に立ち寄ったという逸話が残っています。

住所

東京都中野区本町2-26-6

アクセス

丸の内線中野坂上駅から徒歩6分

公式サイト


成願寺

杉並区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

久我山稲荷神社|御朱印あり


近藤勇の処刑後、甥で婿養子の勇五郎たちが遺体を故郷に運ぶ時、この久我山稲荷神社の坂下で休憩したという逸話があります。
御朱印は、神職さんが兼務している「下高井戸浜田山八幡神社」(杉並区下高井戸4丁目39−3)にていただけます。

住所

東京都杉並区久我山3-37-14

アクセス

京王井の頭線久我山駅から徒歩6分

公式サイト


久我山稲荷神社

荒川区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

円通寺|死節之墓|御朱印あり


官軍と戦った側の死者供養塔があり、近藤勇の名があります。
また、上野戦争の舞台になった寛永寺の黒門が移設されていて、弾痕の激しさに当時の様子がわかります。


住所

東京都荒川区南千住1-59-11

アクセス

都電荒川線三ノ輪橋駅から徒歩3分
JR南千住駅から徒歩8分

公式サイト


円通寺

足立区エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

五兵衛新田金子家


江戸から流山に行く前に、ここに近藤勇が滞在していました。
一緒にいた土方歳三ともども、女性に騒がれたようで、村の女たちが近藤勇をお洒落して見に行ったという逸話があります。

住所

東京都足立区綾瀬4-14-24

アクセス

JR/千代田線綾瀬駅から徒歩7分

関連サイト

足立区公式サイト「新選組があだちで過ごした19日間」

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千葉県流山市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

丹後の渡し跡(流山側)|標柱のみ


足立区の金子家から流山に渡る時に近藤勇たちが使った渡し場。


住所

流山市流山7丁目

アクセス

流鉄流山線平和台駅から徒歩11分

長流寺|御朱印あり


4月に近藤勇忌が開かれるお寺。


住所

流山市 流山6-677

アクセス

流鉄流山線平和台駅から徒歩8分

関連サイト

長流寺(流山市観光協会)

近藤勇陣屋跡


流山に来た近藤勇たちが本陣を置いた場所です。
ここを囲まれて近藤勇が出頭し、近藤勇と土方歳三の今生の別れの場所になりました。


住所

流山市流山2-109

アクセス

流鉄流山線流山駅から徒歩4分

関連サイト

流山市観光協会「近藤勇陣屋跡」

秋本稲荷大明神


近藤勇陣屋跡のすぐ隣の小さな神社。
隣に本陣を置いた時、近藤勇と土方歳三がここで戦勝祈願をしたと伝わります。


住所

流山市流山2丁目122−3

アクセス

流鉄流山線流山駅から徒歩4分

流山市博物館(旧・田中藩本多家陣屋)


近藤勇が陣屋にした永岡家の、当時の階段が展示されています。
近藤勇も上り下りしたことでしょう。
流山での新選組や近藤勇についての展示もあります。


定休日

月曜(祝日の場合は直後の平日)、館内整理日(土日を除く月の末日)、年末年始(12/28~1/4)

開館時間

9:30~17:00

住所

流山市加一丁目1225-6

アクセス

流鉄流山線流山駅から徒歩7分

公式サイト

流山市立博物館

矢河原の渡し跡(流山側)|標柱のみ


大久保大和と名乗って出頭した近藤勇は、この渡し場から対岸に渡り、板橋方面に行くことになります。
板橋で近藤勇と見破られて処刑され、二度と戻ることはありませんでした。


住所

流山市加6-1314-37

アクセス

流鉄流山線流山駅から徒歩6分

JR南流山駅(駅スタンプ)


「駅舎と近藤勇の石碑」と書かれた、近藤勇陣屋跡の石碑をデザインした駅スタンプがあります。
スタンプは窓口内にあり、駅員さんに出してもらっての押印です。

流鉄線流山駅(駅スタンプ)


着物姿の近藤勇と「近藤勇陣屋跡」の文字がデザインされた駅スタンプがあります。
スタンプは窓口内で、駅員さんに出してもらっての押印です。

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埼玉県さいたま市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

薬王院(近藤勇ゆかりの梅)|御朱印あり


近藤勇を流山から越谷宿を経て板橋宿に連れていく際、休憩した中村仲治郎家で、近藤勇が短冊を結んだ梅の木がありました。
短冊の内容は不明なのですが、その梅の木が現在のさいたま市の薬王院に移植されています。

現地にそれらしき表示はありませんが、梅の木は見られます。
中村家の墓の近くにある、根本が斜めになった小ぶりの木です。

近藤勇が梅を見た旧暦慶応4年4月4日は、現代の新暦でいうと1868年4月26日。
梅の花の季節ではありませんが、4月下旬に行くと、近藤勇が見たのと似たような状態の梅を見られるかもしれません(※その年の気候にもよります)。

住所

埼玉県さいたま市桜区田島5-15-5

アクセス

JR西浦和駅から徒歩2分

関連サイト

さいたま市文化財紹介「薬王院の鰐口」

埼玉県越谷市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

出羽公園|近藤勇ゆかりの弁天の藤


板橋宿に送られる途中の近藤勇が、関根家「よしずや」の藤を見て歌を詠みました。
「綾なる流れに藤の花にほう 吾生涯に悔はなし」
よしづやの主人が聞いていて、後で書き留めたのがこの句です。

その藤が河川改修のため、出羽公園に移植されています。
関根家から移植したという案内板だけで、新選組には触れられていませんが、藤は見られます。

藤の見頃は4月中旬から5月上旬。
近藤勇が藤を見た旧暦慶応4年4月4日は、現代の新暦でいうと1868年4月26日。
4月下旬に行くと、近藤勇が見たのと似たような咲き加減の藤を見られるかもしれません(※その年の気候にもよります)。

住所

埼玉県越谷市七左町4-222

アクセス

JR新越谷駅西口から「新越谷駅西口~七左七丁目系統」バス七左七丁目行乗車、「七左衛門通り」バス停下車徒歩7分

関連サイト

越谷市公式サイト「出羽公園」

よしずや跡|何もなし


出羽公園に移植された弁天の藤が元々あった場所です。
板橋宿に向かう途中、近藤勇たちが関根家が経営していた「よしずや」という川魚料理屋に立ち寄り、「綾なる流れに藤の花にほう 吾生涯に悔はなし」の歌を詠みました。

現在は「よしずや」という事務所の近代的な看板で位置だけがわかります。
案内板などは何もありません。

住所

埼玉県越谷市大間野町5-200

アクセス

東武線新田駅東口から「新栄団地」行バス乗車、「ネオポリス住宅入口」バス停下車徒歩8分

富田屋跡(現在は会田金物店)|外観のみ


流山で出頭に応じた近藤勇が越谷宿に来て、泊まったと伝承がある場所です。
元は名主の富田屋伊左衛門宅でした。
(ここでなく粕壁宿《かすかべやど》に泊まった説もあります)
案内板などは何もありませんが、瓦屋根や二階部分などに当時の面影が見えます。
商店の邪魔にならないように外観を見ましょう。

住所

埼玉県越谷市越ヶ谷本町3-32

アクセス

東武線越谷駅から徒歩10分

埼玉県本庄市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

田村本陣の門|芹沢鴨野陣の地


浪士組で上洛する時、近藤勇と池田徳太郎が芹沢鴨たちの宿を書き落として泊れない事件があった、と永倉新八が書いている場所です。
芹沢鴨が腹を立て、野陣を張ると言って田村本陣の門前で大きすぎる篝火を焚き、注意した役人を鉄扇で殴って騒ぎを起こし、近藤勇が平謝りしたと伝わります。
その田村本陣の門が、本庄市立歴史民俗博物館前に移築されています。

なお、近藤勇が宿割り役になったのは本庄宿を通り過ぎた後で、事件は起きていないという説もあります。

住所

埼玉県本庄市中央1-1-13

アクセス

JR本庄駅から徒歩10分

関連サイト

本庄市観光協会「田村本陣の門」

埼玉県三郷市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

丹後の渡し(三郷市側)|標柱のみ


近藤勇が土方歳三たちと流山に向かう時に渡った渡し場です。


住所

流山市流山7丁目

アクセス

流鉄流山線平和台駅から徒歩11分

矢河原の渡し(三郷市側)|標柱のみ


近藤勇が土方歳三と別れ、出頭のため流山から板橋に向かう時に、付き添いの薩摩藩士たちと渡った渡し場です。


住所

流山市加6-1314-37

アクセス

流鉄流山線流山駅から徒歩6分

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神奈川県相模原市エリアの近藤勇ゆかりの観光スポット

小原宿|本陣公開中


甲陽鎮撫隊が通った甲州街道の宿場です。
小原宿本陣だった清水家の屋敷が一般公開されています。

休館日

月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始

開館時間

9:30~16:00(入館は15:30まで)

住所

神奈川県相模原市緑区小原698-1

アクセス

JR相模湖駅から徒歩21分

関連サイト

相模湖観光協会「小原宿本陣」

与瀬宿|明治天皇与瀬御休止の碑、甲州街道与瀬本陣の木柱


甲陽鎮撫隊が宿泊したと伝わっています。佐藤彦五郎率いる春日隊もここで追いついて合流しました。

住所

神奈川県相模原市緑区小原698-1

アクセス

JR相模湖駅から徒歩6分

吉野宿|碑、説明版のみ


甲陽鎮撫隊が行き帰りに通った場所。
敗走して江戸に戻る時、近藤勇と土方歳三は、ここの地形が防戦に向いていたため、とどまって戦えと命じました。
しかし負け戦の隊士は江戸に急ぎ、通過してしまいます。
結局八王子まで引き上げて解散になりました。

住所

神奈川県相模原市緑区吉野

アクセス

JR藤野駅から徒歩20分

吉野宿ふじや


当時の吉野宿の様子がわかる郷土資料館です。
当時の旅館の雰囲気がわかる建物として残されています。

開館日

土日祝日(年末年始除く)

開館時間

10~16時

住所

神奈川県相模原市緑区吉野214

アクセス

JR藤野駅から徒歩20分

関連サイト

相模原市施設案内「吉野宿ふじや」

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