東京都日野・立川の新撰組観光地・ゆかりの地

石明神社(土方家一帯の産土神)|日野市の新撰組ゆかりの地観光スポット

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石明神社の社殿

土方歳三生家一帯の産土神、石明神社の社殿

石明神社(せきみょうじんじゃ)は、土方歳三の生家があった石田村一帯の産土神(うぶすながみ・生まれた土地の守護神)です。
近辺の家では、赤ちゃんが生まれた時のお宮参りは、石明神社に来ていたそう。
土方歳三が石田散薬の材料を摘んだ浅川にも近い、石明神社を紹介します。

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日野市石明神社(せきみょうじんじゃ)のアクセス・基本情報

日野市石明神社のアクセス・基本情報

住所

日野市石田2-11-13

アクセス

多摩モノレール線万願寺駅から徒歩6分

関連サイト

日野市観光協会石明神社

日野市石明神社の地図

石明神社は土方歳三生家一帯の産土神

石明神社は、土方歳三が生まれた石田村の隣村・新井村を守る鎮守(ちんじゅ)の神社でした。
石田村は多摩川の洪水で鎮守の森が流されていたため、新井村のこの石明神社が石田村の鎮守もしていました。
新井村と石田村のほとんどの家で、赤ちゃんが生まれた時のお宮参りは石明神社に来ていたそう。
土方歳三も来たかもしれませんね。

日野石明神社の御朱印

御朱印はやっていないようです。

日野石明神社の境内

鳥居

石明神社の鳥居

石明神社の鳥居

社殿

石明神社の社殿

石明神社の社殿

現在の社殿は2002年に改築したもの。

土方姓が多い奉納の石碑

石明神社の石碑

石明神社の石碑。土方姓がとても多い

土方歳三の生家があった石田村も、その隣の石明神社がある新井村も、「土方」姓がとても多かったそう。
写真は、神輿と太鼓を収めておく場所「御仮屋(おかりや)」を奉納した人の名が刻まれた石碑。
「圡方」という字の「ひじかた」姓も含めて、数えてみたら、42人中31人が「ひじかた」姓でした。
「ひじかた」率74%です。

ご神木

石明神社の御神木

石明神社の御神木

二本並んでいます。

日野市石明神社の歴史・由緒

石明神社の社額

石明神社の社額

歴史・由緒

1597年に社殿を改築した時の棟札が残っていて、それより昔にこの浅川沿いに創建されていました。
古くは「堰(せき)大明神」と呼ばれていました。
「堰(せき)」は川をせき止めて水量を調節するもの。
神社の脇の浅川はたびたび洪水を起こしていたので、元は水害を防ぐための神社だったと考えられています。
「新編武蔵風土記稿」という1800年代の本に、石棒を祀っていると書かれているので、どこかの時点で石棒を祀って石神という側面を持ったよう。
その頃には「石(せき)大明神」と、「堰(せき)」が「石(せき)」になっていました。

御利益

ご祭神は猿田彦大神(さるだひこおおかみ)。
天孫降臨の道案内をした神話から、正しい道を示す開運や、交通安全、厄除け、道の守護神の御利益が信じられています。
一緒に祀られる相殿の神としては大山咋大神(おおやまくいのかみ・山の神・酒造りの神、家系繁栄)、稲荷大明神(五穀豊穣・商売繁盛の神)。
あとは、元々の歴史からして水害除けや災難除け、御神体だった石棒(日本各地に伝わっています)からは子孫繁栄や子宝・安産などの御利益が信じられていたと思われます。

土方歳三が石田散薬の材料を刈り取りした浅川がすぐ近く

浅川

土方歳三が石田散薬の原料を刈り取りした浅川。遠く富士山も見える

石明神社からすぐの浅川

石明神社の鳥居を入らず左手に進むと、浅川の堤防があります。
浅川は、土方歳三が石田散薬の材料・牛革草(ぎゅうかくそう)の刈り取りをした場所。
もう少し土方歳三の生家(土方歳三資料館)に近い、元・石田村のあたりで刈り取りしていたようです。
ただ、現代の造成が進んだ川岸では流れが変わり、元・石田村あたりでは牛革草はあまり採れなくなってしまいました。
この石明神社の近くは元・新井村で、上流にあたります。
このあたりから、さらに上流(写真にある富士山とふれあい橋が見える方角)にかけては、自然の川岸も残っていて、当時の雰囲気を味わえます。

土方歳三と浅川の逸話

土方歳三の生家は、石田散薬という薬を造って販売していました。
その石田散薬の材料・牛革草(ミゾソバ)は、浅川の水際に生えます。
農作業が一段落する土用の丑の日に、村の人が総出で刈り取っていました。
土方歳三は、この刈り取りの指揮をよく取っていました。
仕事の段取りや割り振りがうまく、土方歳三が指揮をすると早く終わると評判だったと伝わっています。

多摩時代の土方歳三は、でき上がった石田散薬を薬箱に入れて背負い、得意先に卸しに行っていました。
名主の家など道場が開かれているところでは、そのまま剣の稽古をすることもあったようです。

石田散薬って?

牛革草(ミゾソバ)を使い、陰干し、乾燥、黒焼きなどの工程を経て、薬研(やげん・植物をすりつぶして粉にする道具)で細かくして精製したものでした。
打ち身やくじき、筋つれ、切り傷などへの効能がうたわれていました。
新選組の屯所にも常備してありました。

ゴールデンウィーク頃に毎年、土方歳三資料館で「石田散薬製造体験会」が開かれています。
日程は土方歳三資料館のサイトで確認してください。

石明神社周辺の新撰組ゆかりの観光スポット

土方歳三資料館|第1・3日曜

土方歳三の生家(12歳の時にここに移転)で、土方歳三の兄の子孫が運営する資料館。

とうかん森

土方歳三生誕地の近くにあった森の名残。
今後市の公園になることが決まっています。

石田寺

土方歳三や土方家の墓があります。

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