東京都港区の新撰組観光地・ゆかりの地

白河藩下屋敷跡(沖田総司生家跡)|港区の新選組ゆかりの地・観光スポット

更新日:

沖田総司生家跡

沖田総司生誕地・白河藩下屋敷跡

沖田総司は、現在の港区西麻布、櫻田神社の裏手にあった白河藩下屋敷内の江戸詰め藩士の長屋で生まれました。
現在は住宅街で、案内板も何もありません。
ここでは沖田総司の生まれについて紹介します。

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沖田総司生家(白河藩下屋敷跡)のアクセス・基本情報

沖田総司生家(白河藩下屋敷跡)のアクセス・基本情報

住所

港区西麻布1-2~20、3-2、3-17~24など

アクセス

日比谷線六本木駅から徒歩8分

駐車場

なし、コインパーキング等利用
六本木ヒルズ駐車場30分300円 など

沖田総司生家(白河藩下屋敷跡)の地図

沖田総司の生家は白河藩下屋敷

白河藩下屋敷の場所

白河藩下屋敷の場所(江戸切絵図)

白河藩下屋敷の場所(江戸切絵図「東都麻布之絵図」

沖田総司が生まれた白河藩下屋敷は、現在の港区西麻布の、櫻田神社の裏手にありました。
白河藩下屋敷はかなり広い区域に渡っていますが、その中の江戸詰め藩士が暮らす長屋で生まれています。
幼名は沖田宗治郎でした。

現在の白河藩下屋敷跡(沖田総司生誕地)

現在の白河藩下屋敷跡(沖田総司生誕地)

現在は住宅街で、案内板も何もありません。

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沖田総司の誕生日は不明

沖田総司の生まれた年には2つの説があります。
天保13(1842)年または天保15(1844)年という説です。

小島鹿之助が書いた「両雄士伝」では、上洛した時の年齢が二十二歳(数え年)と書かれています。
これに基づけば、天保13年(1842年)の生まれになります。

一方で、沖田家の古文書では、文久3年、新選組が成立した時に年齢がわずか二十歳(数え年)だったと伝わっているそうです。
こちらに基づくと、生まれたのは天保15(1844)年となります。

季節は夏だったということしかわかっていません。

沖田家の言い伝えでは、ひどい大暴風雨の日に生まれたということです。
(「沖田総司おもかげ抄」森満喜子著 より)

同じく沖田家の伝承で、
「総司が生まれた日は、大変に暗い日で、灯りをたくさん点けたというように聞いております」
というものがあります。
これを「日食だから暗かった」と推理して、日食のあった天保13年6月1日(新暦1842年7月8日)を誕生日とした、釣洋一著「沖田総司の手記」があります。
この7月8日説については、著者の釣洋一氏が別の著作「土方歳三波涛録」の中で「創作である」と明言しています。
が、話が独り歩きして「沖田総司の誕生日」として雑誌に載ったりしたため、7月8日が沖田総司の誕生日として出回っているようです。

実際には誕生日の日付は判明しておらず、「夏」「大暴風雨」「暗い日で灯りをたくさん点けた」という伝承しかわかっていません。

沖田総司の生家の家族

現在の白河藩下屋敷跡(沖田総司生誕地)

現在の白河藩下屋敷跡(沖田総司生誕地)

沖田総司の父

沖田総司の父は白河藩足軽小頭の沖田勝次郎
ただ、この勝次郎が若くして亡くなった後に沖田家の武家の株を買って沖田家を継いだ、日野の井上林太郎元常(総司の姉・みつの婿とは別人の林太郎)が父親ではないかという説もあります。
沖田家の菩提寺、専称寺の沖田家過去帳に「沖田林太郎次男」と書かれていること、みつの父親について「日野の農家、井上惣蔵の弟」という文書が発見されていることなどが、後の説の裏付けとされています。

また、沖田勝次郎の方が沖田総司の実父で、勝次郎が亡くなった後、武家の株を買って沖田家を継いだ井上林太郎元常に引き取られたという仮説もあり、どの説が正しいのかははっきりしません。

沖田勝次郎は弘化2年(1845年)、沖田総司が1歳か3歳の時に亡くなっています。
沖田林太郎元常は嘉永5年(1852年)、沖田総司が8歳か10歳の時に亡くなっています。

沖田総司の母

井上源三郎生家(現・井上源三郎資料館)

沖田総司の母の実家の近くにあった井上源三郎生家(現・井上源三郎資料館)

沖田総司の母は名前が不明です。
(「ミキ」とされている場合がありますが、これも沖田総司の誕生日と同じく、釣洋一氏の創作「沖田総司の手記」の中での設定で、創作だと著者自身が明言しています)

沖田総司の母は、日野の八王子千人同心、宮原家の出身という伝承があります。
この宮原家は、のちに新選組六番隊隊長となる井上源三郎の生家から300メートルほどのご近所にありました。

沖田総司の母は文久2年(1862年)8月9日、沖田総司が18歳か20歳の時に亡くなっています。
が、「幼少期に亡くなった」という伝承もあるなど、父親の勝次郎説・林太郎元常説と同じく、文久2年に亡くなったのが実母なのかはっきりしない部分があります。

沖田総司の姉、兄

姉は「みつ」と「きん」の二人。

長姉の沖田みつは、天保4年(1833年)生まれ。
沖田総司とは9歳か11歳離れています。
日野の井上家の分家から「井上林太郎房正(林太郎元常とは別人)」を婿に迎えて沖田家を継がせます。
井上林太郎生家の井上家分家も、沖田総司の母の実家・宮原家から250メートルほどのご近所でした。
結婚は弘化3年(1846年)、沖田総司が2歳か4歳の時です。

二番目の姉のきんは、越後三根山藩・牧野家の家臣、中野伝之丞由秀に嫁いだと伝えられています。
これは嘉永5年(1852年)頃なので、沖田総司が8歳か10歳の時のことです。

また、沖田家菩提寺・専称寺の過去帳で、沖田総司の前に、「恵光童子」という男児の戒名が載っています。
この「恵光童子」が、幼くして亡くなった兄にあたる可能性もあるようです。
「童子」というのは、4歳頃~15歳頃までに亡くなった子供につけられる戒名です。

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沖田総司の幼少期

現在の白河藩下屋敷一帯(沖田総司生誕地)

現在の白河藩下屋敷一帯(沖田総司生誕地)

沖田総司は麻布の白河藩下屋敷で生まれます。
父親が沖田勝次郎説だと、1歳か3歳で父・勝次郎が亡くなり、その翌年に姉・みつが井上林太郎房正を婿に迎え、沖田家を相続します。

父が亡くなった後は、母の実家がある日野に身を寄せていたと日野では伝わっています。
日野に行った詳しい時期は不明ですが、そこで姉・みつの夫、林太郎房正の生家の井上家(分家)や、井上源三郎の家(本家)と交流があったようです。

日野の佐藤彦五郎道場で天然理心流を学び、この時に姉(佐藤彦五郎の妻・のぶ)の元によく顔を出していた10代の土方歳三と出会ったと思われます。

沖田総司が9歳の時、江戸の試衛館に内弟子に入ります。
近藤勇の先代・近藤周助が道場主だった時期で、近藤勇は近藤家に養子入りしているもののまだ10代でした。
以後は、沖田総司は江戸牛込の試衛館で、近藤勇や他の内弟子とともに暮らしています。

文久2年(1862年)8月9日、沖田総司が18歳か20歳の時、母親が亡くなります。
その翌年の文久3年(1863年)、19歳または21歳で浪士組として近藤勇たちと上洛しました。

沖田総司生家(白河藩下屋敷)跡に建つ飲食店

敷地が広いため、白河藩下屋敷跡に建つ飲食店は非常にたくさんあります。
白河藩下屋敷や沖田総司を思わせるものはないですが、ゆかりの地に建つ飲食店で一休みするのもいいですね。
あまりに数が多いので、白河藩下屋敷跡に建つ店のうち、櫻田神社に近くて行きやすい飲食店と、駅に近くて行きやすい飲食店だけピックアップして紹介します。

博多田中田西麻布店

櫻田神社裏手にある海鮮や和食の高級居酒屋。

定休日

日曜

営業時間

17:30~24:00(L.O.23:30)

住所

東京都港区西麻布3-2-34 西麻布ヒルズ B1F

アクセス

六本木駅から徒歩8分

関連サイト

田中田西麻布店(食べログ)
田中田西麻布店(ぐるなび)

重慶飯店麻布賓館

櫻田神社裏手にあるモダン中華のお店。個室あり。

定休日

年末年始

営業時間

【月・火・土・日曜日】
11:30~15:00(14:00LO)
17:30~22:30(21:00LO)

【水・木・金】
11:30~15:00 (14:00LO)
17:30~23:30 (22:30LO)

住所

東京都港区西麻布3-2-34 西麻布ヒルズ1階

アクセス

六本木駅から徒歩8分

関連サイト

ネット予約可能
重慶飯店麻布賓館(食べログ)

ガット・ネーロ

六本木駅から櫻田神社に向かう途中にあるイタリアンのお店。

定休日

日曜、年末年始

営業時間

[月~金]
12:00~14:00(ラストオーダー)
[土]
12:00~15:00(ラストオーダー)
[月~土]
18:00~22:30(ラストオーダー)
[祝日]
18:00~21:30(ラストオーダー)

住所

東京都港区西麻布3-2-5 ノゾエビル 2F

アクセス

六本木駅から徒歩5分

関連サイト

ネット予約可能
ガット・ネーロ(食べログ)
ガット・ネーロ(ホットペッパー)

上島珈琲店六本木テレ朝通り店

六本木駅から櫻田神社に向かう途中にある喫茶店。

定休日

なし

営業時間

[平日]
07:30~21:00
[土日祝]
09:30~21:00

住所

東京都港区西麻布3-2-1 北辰不動産ビル 1F

アクセス

六本木駅から徒歩5分

関連サイト

上島珈琲店六本木テレ朝通り店(食べログ)
上島珈琲店六本木テレ朝通り店(ぐるなび)

沖田総司生家周辺の新選組ゆかりの地・観光スポット

櫻田神社

生誕地のすぐ目の前にあり、沖田総司がお宮参りをした氏神です。

専称寺

生誕地から近い、沖田総司の菩提寺です。
墓は年1回「総司忌」のみの公開。

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